Craft Garden

1993年生まれのゆとり世代の僕が、アニメや映画、読んだ本の感想や、社会に対する不満などを書いてます。

逆転の風、ついに吹かずー間に合わなかった日本軍機ー

日本軍は終戦まで、様々な軍用機を開発、計画していました。
今回はその一部を紹介することにします。

・十七試艦上戦闘機「烈風」
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零戦の後継機として開発されました。設計者は零戦と同じ堀越二郎
2000馬力級のエンジンを搭載していましたが、8機のみの試作で終戦を迎えました。

・閃電
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日本海軍で計画されたレシプロ推力式局地戦闘機
非常に厨二心をくすぐる形をしていますが、試作中止となり計画のみで終わりました。

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推進式プロペラを搭載した機体。
B–29迎撃機として期待されましたが、1945年8月3日、6日、8日と試験飛行が行われたのみで終戦。
海軍はこの震電をジェット化する計画もあったのだとか。
因みに僕の祖父が震電の試験飛行を学徒動員の際に目撃しています。

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日本初の純国産ジェット機
世界初のドイツのジェット機メッサーシュミットMe262の資料を基に海軍が開発。
1945年8月7日に初飛行しましたがそのまま終戦。

・キ64
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二重反転プロペラを搭載した陸軍の戦闘機。
1943年12月に初飛行しますが、機体が損傷。そのまま放置され終戦。幻に終わった高性能機でした。

・景雲
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非常にユニークな形をした偵察機
エンジン不調等で所定の性能に達しないまま終戦。

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B–29を超える6発のエンジンを搭載する超大型戦略爆撃機
日本本土を飛び立ち太平洋を横断。アメリカ本土を爆撃し同盟国であるドイツを経由して日本に帰投するという「必勝防空計画」に書かれていた「Z飛行機」と呼ばれる機体でした。
しかしこの戦争には間に合わないと開発は中止されました。